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2013年02月26日

小橋健太引退について、大事なこと。

至極当たり前なんだが、小橋は死にはせんのだ。
だからファンと握手しながら、「応援してくれよな」と、
しわがれた声で繰り返すのだ。

そう。俺たちは小橋を声援で見送り、
これからの彼のことも、
例えお前が見えなくなっても応援しているぞ!
と、伝えればいいのだ。

俺たちと小橋健太の関係は、
彼が「応援」と言う言葉で理解していた、
一方的な期待と信頼だったのだ。

ああ。だから。
俺たちはこれからあなたが歩む道の分まで、
武道館で声を振り絞る。
あなたの背中が遠く見えなくなっても。
だって、それでもあなたはそこにいるのだ。

それはとても幸せなことなのだから。

投稿者 ushila : 23:19 | トラックバック

2013年02月20日

小橋健太引退 と、わたくし。

正直、モヤモヤしていた。
俺はまだ小橋のプロレスが見たいとも思っているし、
一方でこれ以上リングに立ち続けられない体調に追い込んだのは俺たちファンなんじゃないか、とも(毎度のように)思う。

そして、彼は本当に引退してよいと思っているのか、と。

で、小橋が数日前に始めたfecebookで告知していた、福沢"ジャストミート"朗のラジオを聞いてみた。

小橋の答えは、小橋らしく明快だった。
むろん、その裏には余人の想像を超える葛藤があったと思うのだが。

曰く、
「引退試合ができるプロレスラーは少ない。自分は幸せだ」
「首の負傷を抱えたままリングに上がり、何かあったら、
 自分の愛するプロレスがまた批判される」
「一度だけなら小橋健太のプロレスができると思ったから、引退試合をやる」
大体こんな感じだったと思う。

要約など野暮の極みなのだが。
小橋が引退を決断した理由は、あくまでもファンへの責任とプロレスへの責任だった。
小橋が我を通せば、プロレスを続けることは可能だったのだろう。

だが彼は、プロレスとファンのために、事故を起こさないこと、萎えた自分をさらさないことを選んだ。
別の解釈をすれば、小橋こそが誰よりも「小橋健太のプロレス」にこだわった、という言い方もできるのかもしれない。
「プロレスラー小橋健太」と「小橋健太のプロレス」は、「人間・小橋健太」の中で密接不可分だった、とも、
「プロレスラー小橋健太」の理想像をだれよりも強く追い求めていたのは「人間・小橋健太」だった、とも言えるのだろう。

それなら俺たちは。
不世出のプロレスラー、小橋健太の背中を見送ろう。

人間・小橋健太と一緒に。

投稿者 ushila : 00:17 | トラックバック

2013年02月19日

またこういう報道を見ることになった

事件が起きて、犯人が捕まって、裁判を受ける。
判決は「最高刑」にならない。
被害者の遺族が遺影を抱え、目に涙をたたえて
「最高刑にならなければ私たちは再起できない」と訴える。

もともと刑事罰ってそういう制度だったか?と思う。
確かに刑罰制度っていうのは「復讐」の権利を国が取り上げて代行する、という制度であるので、一面そういう性質があるのは否定しない。が。

刑罰には「抑止効果」というものがある。
「この法律に違反した場合、こういう処罰を受ける」ということを明確化することで、犯罪を犯そうとしている人に対して踏みとどまらせる効果だ。

そもそも基本的人権の考え方において、犯罪者といえども身体の自由を不当に制限するべきではないというのが大前提なのであるから、「抑止効果」が十分に発揮される以上の刑罰を犯罪者に課してはいけないことになる。
(この手の話をする時にいつも例に出すのだが、江戸時代は10両=約150万円盗むと「死罪」だった)

こういう話をしていると、
「あなたの家族が殺されたらどう思うのか?」と問う人がいる。
が。

その質問自体がフェアではないし、冷静さを欠いている。
と思う。
フェアさや冷静さを求めるほうが無理なのかもしれないが。

被害者と被害者の家族の関係はさまざまだし、
被害者や被害者の遺族・家族にも、思想や信条はいろいろあると思う。
宗教上の理由とかね。
また、そもそも遺族がいない場合だってあるではないか。

そうした被害者の命は、犯罪者に厳罰を望む遺族の家族(変な日本語だ)の命よりも軽いのだろうか?

というか。
加害者から被害者への直接の償いを求める場は、やっぱり民事訴訟なのだ。
あなたの家族が損害賠償で置き換えられないのはわかるけれど。

被害者や遺族の心の傷をいやす場所は裁判所じゃなくて医療やカウンセリングの現場だ。

そこが未分化のまま進んでいる「被害者遺族の処罰感情」と「厳罰化」の議論は、法律論ではない。

投稿者 ushila : 22:41 | トラックバック

2013年02月17日

TF810完成。

やっとキーボードドックが届いて、TF810が真の姿になったので記念カキコ。

●重さ・厚さ
 キーボード側にもバッテリーがあるので、それなりにずっしり来る。
 厚さについても、まあ倍にはなってるわけだが。
 810の本体に付いてるカバーにそのまま入るサイズなので、そんなに困る厚さではないと思う。

●気になる点
 キーボードドックと本体の間のコネクタの接点が渋い。
 どっちかというとキーボード側の受け部がきついのかな。
 きちんと接続できない時はキーボードはまともに動くのだが、スライドパッドやファンクションキーの反応がおかしいので、一回外してつなぎなおしてみること。

●その他
 充電ケーブルのコネクタがキーボードドックの左上に来るので、ケースに入れたまま充電できるのが地味にうれしい。
 一方、TF300ではキーボードドック側に用意されていたSDカードスロットが無くなっているのは意外。
 USBのカードリーダーを持っておけ、ということだろうか。
 地味にびっくりしたのがスライドパッドのスクロール操作が逆向きな点。
 まあ慣れだろうな。

●で、どうするのよ。
 TF300に比べるとキーボードドックをつないだ時の機能拡張が弱い気がしつつ、
 文字打ちツールとしては当然キーボードがあったほうがいいわけで。
 ディスプレイも保護されるしね。
 重いのは慣れれば何とかなるでしょう。
 昔はカバンの中に2キロ級のノート(ThinkPadとか)が入ってたわけだし。

投稿者 ushila : 22:04 | トラックバック