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2013年05月21日
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2013年05月20日
小橋健太と俺。
似たようなタイトルでちょっと前にも記事を書いたような気がするが、それはそれとして。
ちなみに一個前の記事はInspired by 「葉桜」(篠原美也子)だが、まあ違うよねって言うか、小橋はこんな言葉を使う人ではないと思いつつ、アルバムで次に入っている「月と坂道」があんまりにも今の自分の心境にツボでひとしきり涙した39歳喪男は何を隠そうこの俺です。
小橋健太という人は俺のプロレス現体験にかなり近いところにいて、ムーンサルトにせよローリングクレイドルにせよフライングショルダーにせよ、とにかく見たことがない技を使う、逆三角形のかっこいいけど、詰めの甘い兄ちゃんだった。
前にも言ったように俺にとってのベスト小橋は、ウィリアムスのバックドロップを食らって、ロープをつかんでヨタヨタと立ち上がる姿である。
で、その小橋を、俺は間近じゃなくて、いつも離れたところで見ていた。
ブラウン管越しだったり、雑誌だったり、それこそ武道館の二階だったり。
一回だけアリーナで見た記憶があるのだが、あれどこだったんだろう?
だから、小橋を見送る場所も、武道館の二階がふさわしいと思った。
一度だけ握手してもらった手は厚くて力強くて暖かくて優しかったけれど、俺と小橋という関係性を勝手に定義するならば、やっぱりそんな距離感がベストなのだと思う。
声を張り上げて、やっと届くぐらいの。
そして、いつかまた彼のような青年レスラーが俺たちの前に現れてくれればよい。
できれば、次の青春を見つけた彼を町中で見つけて、目があってニヤリと笑いあえれば素晴らしい。
だから、その日までさようなら。俺たちの小橋。
葉桜。
あの日の彼は、折しも降りしきる雨の中でその枝に一片だけ花を残した葉桜の巨木のようであった。
俺が知っていた彼は、立派な枝振りだがどこか頼りなくて、だけどその枝いっぱいに花を咲かせる桜の若木だった。
彼、その若木は、それから25年、花を咲かせ続けた。
もっと高く、もっと大きく、彼を訪ねる誰もを勇気づけるように。
俺たちはその若木を訪ねるたび、もっと咲け、もっと咲き誇れと声を枯らして叫んだ。
やがてその若木は絢爛と咲き誇る巨木になった。
その一方で病を受け、あるいはその偉容ゆえに幹や枝葉を蝕まれ、少しずつ花を落としていった。
それでもあの日あそこに立っていたのは、俺たちが愛したあの桜の樹だった。
たとえその体が内側から朽ちていたとしても、あれは確かにあの桜の樹だった。
そして、本当にあの桜の樹・・・彼は、その枝に一輪だけ、とっておきの花を残して待っていてくれたのだな、と思う。
その花はあのとき確かに散って、俺たちの長い長い夢のような宴は終わった。
気がつけば彼を取り囲む景色もずいぶん変わったものだ。
花を落とした葉桜は、やがてたくさんの実をつける。
花びらをひとつ、お守りがわりに拾い上げて、俺は祈る。
彼、小橋健太の人生が、これからも実り多いものであるようにと。